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クローズアップ現代「テレビはいらない?!~急成長するインターネット放送~」

先月行われた東京マラソンでは、「走りながらスマートフォンで映像・音声を実況中継する」ランナーが現れた。現在、誰もがインターネット上で放送できる一億総放送局時代を迎えようとしている。政治家も、自分の主張の場として、内容が編集されないインターネット放送を選んだりしている。

インターネット放送はスマートフォン一台でも行うことができる。ニコニコ生放送USTREAMなどが媒体としてよく利用されている。

テレビよりもネットに親しみを持ったり、ネットだけでテレビは見ない若者が増えている。インターネット放送は参加型で自分の言葉を反映できる。「雑談放送」とも言われている。

去年11月には小沢元代表がインターネット放送に登場し、22万人が視聴した。

外務省の定例記者会見もインターネット中継された。視聴者から外務大臣へ質問したい内容を募集し、もっとも多い項目を質問する。視聴者が自ら質問しているような感覚がある。また、テレビ局による判断を受け取るのではなく自分が判断するというスタンスがある。

(メディアジャーナリスト 津田大介)双方向性を実現する手段としてはメールやファックスによるものは時代遅れである。インターネット放送ではお互いに野次を飛ばしあうのが楽しい。テレビ放送は素材を都合のよいところだけ切り取っていたり、内容が横並びでありどこでも同じようなニュースを流していたりという問題点がある。しかし、たくさんの情報の中からわかりやすく編集するということではテレビは強みを持っている。

会社ではなく個人が放送を行うようになっている。およそ50万人が自ら放送をしている。モーリー・ロバートソンさんも自ら放送を行っているが内容にほとんど筋書きはない。

(津田)みなが発信者になるということがインターネット放送の特徴であり、テレビと比較してともかくコストが安くなっている。一方で、インターネット上でデマを流して人権が侵害されることもある。しかし、おかしい情報に対しては視聴者自身が訂正をすることができる。テレビは高コスト、分かりやすい、インターネットは低コスト、時間の制限がない。

■コメント

テレビはインプットするだけだが、インターネットでは自分自身が放送したり言葉という形で参加できる。(流れていると言葉が妙にくだけた口語であるところが特徴的)

だけれどもこれが参加の優れた形なのか、というとどうも違うのではないかと思われた。逆にテレビ以上に付和雷同になる可能性も高い。

テレビで放映されている内容のほとんどは「無くても構わない」ものであるけれど、まとめるという力だけはある。自分が見るのであればやはりまとまったものを見せて欲しいということはある。

ただし、ニュースキャスターが最近妙に「自分の意見」らしきものを述べ立てるのには辟易してしまうのも事実だ。これは、インターネット放送のもっとも悪いところを取り入れているような気もした。