ETV特集「トルストイの家出」

トルストイは妻ソフィアを忌避し、男性秘書チェルトコフとの仲を深めていった。

これまでは妻に預けていた自分の日記までを男性秘書に預け、これが妻を激怒させる。妻は、日記の中で夫トルストイが非難しているのではないかと恐れ、取り戻したいとした。

トルストイは妻に手紙を書き、今でも愛してはいるが人生の意義や目的について意見が異なる。いくつかの条件を守らなければ家を出ると伝えた。

ソフィアは夜眠らず、泣き叫ぶことが多くなった。散歩や入浴しか治療法はなかった。夫とチェルトコフへの嫉妬に明け暮れる毎日だった。

一方トルストイは、人生が終わりに近づいていることを感じ、私有財産を放棄して著作権も公のものにしたいと考えた。妻との確執が深まる仲で『神』、『悪』、『心』、『偽りの信仰』などの著作を世に出した。自分の最後のときを神に捧げたい、こうした確執に囚われたくないと述懐している。

妻は病気なのだ、とトルストイは思うようにしたが、妻はチェルトコフの写真を破り捨てるなどトルストイを試そうとした。人生最後の時を迎え、理想の自分を完成したいと考えているのに、子供じみたことに忙殺されている自分を嘆いた。妻は金銭のことばかり気にかけている。いろいろなことをした挙句、愚かな82歳だ、と自らを卑下している。

一晩中彼女と争っている夢を見ている。目が覚めてまた寝入っても同じ夢、耐え難いけがらわしさ。

1910年10月28日、ついに二人の亀裂は決定的になる。トルストイは朝3時に目覚め、妻の歩く音を聞いて嫌悪と怒りがこみ上げてくる。とっさに家出の決心をした。5時過ぎに家を出て汽車に乗った。自分自身を救ったという思いである。200キロ先にある娘の修道院に向かい、妻へは別れの手紙を送った。人生の最後のときを静寂に過ごしたい、お互いに許しあおうと書いた。

ソフィアは、家出を知って激怒し、池に飛び込んだが、娘に引き上げられ一命を取り留めた。そして夫に、何度も帰ってきてほしいと手紙を書いた。人生の最後に愛する人を置いて家出するのは不自然だとした。しかし、トルストイは取り合わず、自分で自分を鎮めなさいとした。今お前の元に帰るのは人生を放棄することになる、人生は遊びではなく、自分勝手に放棄することはできないのだ、といった。

家出の4日後、体調の悪化する中、さらに妻に会うことを恐れて列車に乗るが、高熱が出て駅長室で寝かされる。「人間は一時現れたものに過ぎない、意識の中に神は存在する。」と病床のトルストイは書いている。ソフィアはその駅まで行ってトルストイの状況を見るが、息子たちにいさめられ会うことは断念する。

11月7日トルストイは危篤となる。ソフィアが来て30分後トルストイは息を引き取る。妻と言葉を交わすことはなかった。すべての欲望を捨てて神に捧げたいとするトルストイは象徴するような簡素な墓に葬られた。

その9年後にソフィアはこの世を去った。

人間の理想を追い求めた夫と、普通の家庭を求めた妻、この二人の間には大きな溝があった。