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映画『ゴッドファーザー』監督:フランシス・フォード・コッポラ、原作・脚本:マリオ・プーゾ、1972年

第二次世界大戦終了直後のニューヨーク、シチリア島からの移民であるヴィト・コルレオーネ(マーロン・ブランド)は、マフィア界の五大ファミリーの一つとして、賭博や酒、女などを資金源にしてファミリーを形成し、力を伸ばしていた。彼のところには、解決して欲しい課題を抱えた人々が次々と訪れる。娘を凌辱した男を殺して欲しい、映画に出演できるようプロデューサーに交渉して欲しい、などさまざまだ。ヴィトは何よりも家族と友情を重んじ、自分なりの基準で非合法の依頼にも応えていく。そして彼は、畏怖されながらも信頼と地位を築いていった。

f:id:alpha_c:20121110100845j:image:leftあるとき、ヴィトのもとに麻薬に関連して資金の提供と身辺保護を依頼する仕事の相談がトルコ系の密売人から寄せられる。しかし彼は、いくらもうかる仕事であっても麻薬に手を出すことは友人の信頼を失うことであり決して手を出さない、という自身の信条をかたくなに守り依頼を断る。

このことが密売人に関連するバルジーニ一派から逆恨みを買い、彼は、警護が手薄だったときを狙われて街中で銃撃を受け、瀕死の重傷を負う。なんとか一命こそ取り止めたもののなかなか回復できず以前のようには力が振えない。ヴィトにはサニー、フレド、マイケル、コニーと四人の子があり、いつか自分のシマを引き継がせようと考えているが、血気に逸る長男ソニージェームズ・カーン)が、妹コニー(タリア・シャイア)が夫から暴力を受けたことを電話で聞いて激昂し、警護も付けず単身向かった道中で一派の待ち伏せを受け、マシンガンによる銃撃で蜂の巣にされ、死亡する。

このコルレオーネ家の抗争において、軍隊から復員した三男マイケル(アル・パチーノ)が頭角を見せ始める。彼は、父親の銃撃につながった麻薬密売人やこの事件の後ろで関わっているニューヨーク市警の幹部を、和睦と称する会談の席で射殺する。マイケルは一時シチリア島の父の故郷コルレオーネ村へ身を隠すが、その地で一目ぼれして結婚した新婚間もない妻アポロニア(シモネッタ・ステファネッリ)を爆殺され、ニューヨークへと戻る。

マイケルは名実ともにヴィトからコルレオーネ家を引き継ぎ、首領となる。ここでは元の恋人であるケイ・アダムス(ダイアン・キートン)ともよりを戻し、結婚して長男アンソニー、長女メアリーをもうける。しかし年老いた父ヴィトは、アンソニーと遊んでいて急に心臓が止まり、息絶える。

このときを待っていたかのように、対立する一派はコルレオーネ家を潰しにかかるが、マイケルは、長女が洗礼を受けるその日、抗争に決着を付けるべく大きな逆襲を行う。

f:id:alpha_c:20121110100844j:image:left3時間に及ぶ大作だったが、やはり飽きさせないストーリー展開と人物描写がある。とりわけヴィトは人物のスケール感や人間味がたっぷりで、ファミリーをまとめる長としての威厳があった。ただ、大作だけに通しで見ると登場人物も多く少しごちゃごちゃしているところもあった。

先に見たPARTIIIとの比較では、どちらかというと抗争が前面にあって、こちらの方がマフィア映画らしさが強い印象だった。また、PARTIIIにおける重鎮たちが若々しく登場してくることにも妙な懐かしさを感じた。

これを見ると、人の命は非常にちっぽけに扱われる。しかし生き方、主義・信条を貫くことはとても大きい。ともすれば「生きてさえいれば」というヴァイタリズムに陥りがちなわれわれとはまったく考え方が正反対なのだ。