映画『アーティスト』監督:ミシェル・アザナヴィシウス、2011年

映画の製作において、1920年代後半から1930年代はサイレント(無声)からトーキー(音声同期)への移行期だった。この年代に生きたサイレント映画のスターの栄光と没落を描いている。

f:id:alpha_c:20120510220321j:image:leftジョージ・バレンティンジャン・デュジャルダン)はハリウッドのサイレント映画のスターで、製作する映画はヒットを重ね、富と名声をほしいままにしている。一方、このバレンティンに憧れるペピー・ミラー(ベレニス・ベジョ)はなんとしてでも憧れのスターと映画に出演したいと思っている。まずはエキストラとして採用されるが、気に入られて次々とバレンティンが主演する映画に出演し、役どころもその度に上がり、彼女自身も人気スターの仲間入りをする。

このとき、「トーキー」というスタイルが映画に新風のように現れる。映画製作会社は、バレンティンにこの新しいスタイルで映画を作るよう勧めるが、彼はサイレントを自らのスタイルとして固執する。

そんな折、世界に大不況が訪れ、映画界もこの波に巻き込まれていく。資産家でもあったバレンティンだが、その価値が暴落し、資財をなげうって製作した映画もまったく振るわず、いっぽう同日公開のミラー主演のトーキー映画は大ヒットとなり、さらに没落していく。タキシードを質屋に入れ、さらには家財をオークションで売却しても、執事に給料を支払うことさえできず、酒を飲んで自暴自棄の生活を送る。誰からも忘れ去られ、彼を支えるのは今や愛らしく振る舞う飼い犬のジャックだけになってしまった。

バレンティンは空き家のようになってしまった自宅で、一人きりで自らの主演映画を見る。そして、はじめて自分の時代が終わったことをはっきりと認識する。彼は、半ば錯乱状態で自身の丁寧に保管された膨大なフィルムライブラリを床に擲ち、そして火を放つ。

f:id:alpha_c:20120510220322j:image:leftこの映画には、「古き良き」という形容詞を思わずつけたくなるような戦前のアメリカの雰囲気がそこかしこに散りばめられている。現代の俳優が1920年代を、その服装、振るまいなどで見事に表現している。音楽もクラシックが常に流れ、そして往年のポップスの名曲がそれぞれの場面で効果的に使われていた。

主役の二人のみならず、いやそれ以上に存在感を見せたのは、零落していくバレンティンを支えた執事(マルコム・マクダウェル)、そして愛犬ジャックの可愛らしくも健気な姿ではなかったかと思う。

f:id:alpha_c:20120510220320j:image:leftこの映画にはsomething newはなかったかも知れない。しかし、やはり良いものは何度見てもいいものだ。小説や映画の本質にある、人が生きていくなかで直面する課題や悲しみ、美しく生きるとはどんなことなのか、そういったものを伝統的なスタイルを利用して再認識させてくれた良質の作品だった。