ホーチミン→成田

■行程の概要

23:55 ホーチミン

翌07:55 成田空港着

■日記

7月14日(水)

旅の最終日を迎えた。もう充分すぎるほど街のことを見たような気がする。どうもバイクの洪水にさらされるほど、埋め尽くされる周囲に自分が何者なのかも分かりにくくなる。

今朝、朝食のレストランで、母娘連れに果物などの市場はないか訊ねたところ、ベンタイン市場の奥にあるという。ベンタイン市場は、街の中心にあり一昨日訪れてはいたのだが、売り子の取り巻きがなかなか強烈で、早々に退散してしまっていた。中には手のない痛々しい姿の少女から扇子を1ドルで買ってくれとせがまれたりもした。

市場の奥は果物、漢方薬、干物、肉、魚を販売するエリアとなっていた。とくに魚は、淡水の魚と思われるが、ナマズ、カニ、タニシ、手長エビなどそれぞれが洗面器のような容器に入れられ、生きたまま売られている。それぞれは驚くほど大きなサイズで、川の恵みが豊かであることを感じさせる。また食堂もありほとんど露店のような形で営業している。値段も街中のレストランよりはるかに安いのだが、反面生々しくもあり、よっぽどでないとそこで食べようという気にはならない。

だいぶ疲れてしまった。照りつける日差し、クラクション、寄ってくる売り子と運転手。

最終日にして、ようやくというか、騙されてしまった。水上人形劇をみようと歴史博物館に行ったところ、中年の女に案内され、寺を見せるという。寺の前に座ると、ハガキを出すので買えということかと思い、適当にあしらっていると、ガムを無理やり口に入れられた。その上、1ドルを払えという。なんとも強引なやり口である。ほったまま行ってしまおうかとすると、仲間の男も加勢して払えと言ってくる。ドルは持っていないといい、2,000ドン(=10円)を渡した。

水上人形劇は結局見ることができず、そのまま帰った。立ち寄った書店の若い店員にバスに乗りたいためバス停を探しているのだというと、どうも通じなかったようで、身振り手振りで何とかわかってもらったようで、バス停のある方を恥ずかしそうに教えてくれた。実際のところ、人を騙したり、しつこい連中も少なくないが、多数は、この店員のように外国人に対しては人見知りで恥ずかしいというのが一般的なようである。

博物館からの帰り、バス停にいると日本語を使うバイクタクシーの運転手に出くわす。お前は何歳だと言うので適当に40歳と答えると、自分は43歳であるという。やはり生活環境の厳しさが顔に出るのか見かけはそれ以上に老けて見える。この運転手とは随分話もしたし、一度くらい乗ってあげてもいいような気もするが、それで不愉快な思いをするより話だけという関係のほうがいい。来たバス(軽トラックの荷台を利用)にあてどもなく飛び乗り、運転手とは別れた。騙される、騙されないにかかわらず人と話をすることは楽しいことである。

今回、久しぶりの旅行であったが、来て見ると発見はやはり多いもので、正味4日程度であったものの、収穫は多かった。面白いもので、たった数時間のフライトで結ばれた先に自分の日常とはまったく異なる世界があるのだ、と改めて認識した。

空港へ向かう添乗バスでは、冗談か本気か分からないが、ベトナム人添乗員が「アナタは欧米人デスカ、ハーフデスカ」という。そんな訳はないだろうと思うが、旅行中あたっていないヒゲなど相当汚くはなっていたと思う。バイクの多さについて話をすると、18歳から免許をとれるのだという。バイクは8万円ほどするが、親が買ってくれるのだという。日本製はもっと高いのだそうだ。一日中ひっきりなしにバイクが走っていることについては、荷運びや職探しなどをしているのだという。また電線が多いことに話が及ぶと、停電が多いのだと言う。一昔前には東京でも停電は多かった。ろうそくを点した日もあったことが記憶に残っている。

23:59飛行機がタラップから離れた。あっけないものである。行きとは異なり、隣に座る人もなく、疲れもあったと思うが、夢うつつのまま機中を過ごした。なお、翌日にはウィルス性の胃腸炎に苦しみ、病院で点滴を受けることになるとはまったくこの時点では気が付いていなかった。

【#15 ベンタイン市場1】

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【#16 ベンタイン市場2】

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【#17 軽トラの路線バス】

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【#18 高くそびえる街路樹】

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【#19 天秤棒をかついだ女性】

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