スヴェトラーナ・ザハロワ「オデットにはダンサーの人間性と人生がそのまま現れる」(『日本芸術文化振興会ニュース』平成20年6月号)

f:id:alpha_c:20081005120621j:image

■内容

新国立劇場に初めて出演したときは、劇場全体が明るく、アーティストが仕事をしやすい環境が整っていること、バレエ床が舞台に敷いてあったこと、舞台機構の充実度、劇場と客席が近くて見やすいことなどが印象的でした。

・(牧芸術監督は)私のことも、まだ無名だったにもかかわらず、さまざまな役に起用してくださいました。特に「ライモンダ」は牧芸術監督に初めて振り付けていただいたので、のちにボリショイ劇場で踊ったときは東京での経験がとても役に立ちました。

・牧芸術監督の改訂振付による「白鳥の湖」は、舞台装置、衣裳が一新されてとてもすてきな舞台になりました。序曲を、オデットが悪魔にさらわれて白鳥に変身させられてしまうというプロローグに仕立てているのですが、とても斬新なアイデアだと思います。また、第三幕の「ルースカヤ」を復活させたことで、ディヴェルティスマンがより一層華やかになったように思います。ただ、私が踊るオデット/オディールは、プロローグのほかは従来の振付を継承しており、大きな変化はありません。

新国立劇場のコール・ド・バレエは統一されたアンサンブルに定評がありますが、共演するたびにレベルが高くなっているように思います。特に第二幕で湖の場面を踊っていると、コール・ド・バレエと一体となっていると感じる場面が何度もあります。

・オディールは32回転のグラン・フェッテがあるために難しいと思われがちですが、この役は狡猾と邪悪の象徴で、キャラクターが明確である分、演じやすいかもしれません。ところが白鳥はただ美しく踊ればいいというものではないのです。優美でありながら、寄る辺のないか弱さを感じさせるオデットの、内に秘めた愛の強さ、気高さ、ひたむきさ。これはテクニックだけでは表現できません。何回踊っても完璧に表現しきれるものではないように思います。大げさにいえば、演じるダンサーの人間性、あるいはどのような人生を歩んでいるかがそのまま舞台に現れるような気がします。

f:id:alpha_c:20081005120615j:image